いつものこと。
薄青い空の下に、顔を出したばかりの薄い若葉が揺れている。
日射しの下にあっても、頼りない葉っぱを乗せている茶色の枝はまだむき出しで、
何だか寒そうだ。
この感じは……そう。
(坊主頭に髪の毛が伸び始めた時みたい!)
慈郎は、クスクス笑った。
寝ころんでいる芝生にも、先の尖った細い草が顔を出している。
学校の敷地内にある花壇や緑地帯などはまだ寒々としているのに、何故かここだけは、
一足早く春が訪れているようだ。
時々、土の匂いを風が運んでくる。
その小さな囁きを聞きながら、慈郎は瞼を閉じた。
学校内から漏れてくる音は無い。
まるで、時間が止まったように静かだ。
でも、時折遠くから静かな音楽が流れてくる。
しばらくして、途切れ途切れに男性の声が聞こえてきた。
こんな静かな日に、起きているのは勿体ない。
だから、大事な事もほっぽりだしてここで寝転がっている。
少し強めの風が、慈郎の前髪とブレザーの胸に付いているリボンとを
揉むようにして通り過ぎて行った。
本当に、眠いの?
心の中の慈郎が、ひっくり返っている慈郎に問う。
判らない。判らないけれど、ここで寝たいんだ。
耳の裏側を攻撃してくる草の先っぽを遮るため、頭の後ろで両手を組んだ。
目を瞑ったまま。
瞼の上に、日射しを感じたまま。
ふと、人の気配がした。
それは、大股でこちらに近づいてくる。
そして、慈郎の近くで一度足を止めて……まるで、眠ったばかりの赤ん坊を
起こさないように気を使っている父親のような足どりで、こちらに近づいてきた。
慈郎は、心の中で吹き出した。
こんな歩き方をする人は、1人しか居ないから。
ことことと騒ぎ出す胸を宥めながら、慈郎は少しだけ口角を上げた。
その人は慈郎が熟睡していると思いこんでいるらしい。
最小限の音しか立てないように最大限に気を付けながら、慈郎へと近づいてくる。
そして、慈郎の傍らにくると芝生の上に両膝をついた。
「起きなさい、芥川」
バリトンが、心地よく耳を擽った。
ブレザー越しに、大きな手の温かさを感じた。
そんなに押さえたら、胸が潰れてドキドキがはみでちゃうよ。
心の中で叫びながら、慈郎はその手の温かさを身体にインプットした。
ここで起きてしまったら、先生と二人きりの時間はすぐに終わってしまう。
だから、もう少し寝たふりを続けるのが得策かもしれない。
でも、先生がどんな顔をしているのかも見てみたい。
どうしよう。
なんとか、薄目を開けて見られないかな。先生の顔……。
「起きているんだろう? 早く目を開けなさい」
榊の声が、呆れたようにそう言った。
「え?」
驚いた慈郎が目を開けると、そこには普段よりも数段厳しい顔の榊が居た。
「どうして判ったの?」
寝ころんだまま大きな瞳を瞬かせている慈郎をその表情のまま見詰め、
榊は深い溜め息を吐いた。
「子どもの狸寝入りくらい、容易く見破れなくては教師などしていられないだろう」
慈郎は仕方なく上半身を起こした。
ブレザーのあちこちに、青い草と茶色の枯れ草がささっている。
それを指で大まかに払い……そして、胸に飾られている小さな造花を突いた。
「どうして、出ないんだ」
「なんか……出たくなかったんだよね」
同じ目線にある榊の顔を見る。
榊は眉間の皺をより深くした。
「卒業式じゃないか」
「……」
榊の唇が、卒業式、と動くのを、慈郎はぼんやりと眺めていた。
そして、そのまま視線を下にずらす。榊の胸にも、少し豪華な造花が飾られており、
それはこの学校の教職員だという印だった。
「……もう、こうやって先生は来てくれないんでしょ?」
「?」
笑顔のまま、慈郎は言った。
その真意が探れず、榊は口を閉ざした。
「こうやって、俺を探しに来てくれないんでしょ? 俺は高校生になるし、
先生はここに残るんだし」
「当たり前だ」
榊の声は、深くて重かった。
「そっ、か」
慈郎は笑った。
笑う事しか出来なかった。
「そうだよね。もう、先生は俺の先生じゃなくなるんだし。それが卒業ってもんだよね」
本当は突いただけで涙が零れてしまいそうな涙腺を必死に押さえながら、慈郎は言った。
「ごめん、先生。最後まで迷惑かけちゃって」
いつもの、軽くて明るい芥川慈郎で居たかった。
「行こうか、卒業式」
立ち上がろうとした慈郎の手を、榊が掴んだ。
「……そうやって」
榊の声は小さくて、もしここで風が吹いたら、すぐに消えていただろう。
しかし、それは確かに、慈郎の鼓膜を心地よく震わせた。
「そうやって、お前も俺を置いていくのか? 芥川」
「先、生?」
急に視線が遮られた。
芝生の青い匂いの上に、榊の甘ったるい香りが被さった。
榊の胸の中で、慈郎は自分の小ささを実感してた。
慈郎の横で、紅白の造花がぺしゃんこに潰れていた。
榊の長い指が、慈郎の髪の毛の中を優しく這い回る。
慈郎は、抱きすくめられた腕の中で何度か身体を揺すり、両腕を自由にした。
「ごめん、先生」
そして、それを榊の腰に回した。
体育館へ向かう道の途中、榊の先を行く慈郎が足を止めた。
「決ーめた!」
榊の不思議そうな視線を受け、慈郎は頭の後ろで両手を組んだ。
「俺、今日から昼間はずっと起きてるよ」
「?」
「起きて、先生に会いに来るから。今まで寝ていた時間、先生に会いに来る」
「テニスの練習もするんだぞ」
「テニスは、先生に会えなくて時間が余ったら、やる」
「逆にして欲しい所だが、芥川がそう決めたのなら、やってみなさい」
「はぁい」
呑気な返事に、榊の目元が緩んだ。
「さぁて、卒業証書を貰ってくるかな」
「だったら急いだ方が良いぞ」
榊に促され、慈郎は体育館へと走る。
そして、一足先に体育館の入り口に着いた慈郎が、そのドアを引いた。
その日の放課後。
榊は芥川と共に校長室へと呼び出されていた。
「全く、前代未聞ですぞ!」
卒業証書授与式をすっぽかした生徒と、それを追って出ていったまま式が終わるまで
帰ってこなかった教師を前に、校長は嘆いた。
何度も頭を下げている榊の横で慈郎も頭を下げた。
そこで二人の視線が交わり……慈郎は白い歯を見せて笑った。
榊も少し笑いかけ、思い直したのか眉を吊り上げる。
結局、慈郎は校長室で中学校生活最後の説教を食らった後、校長と榊、
そして担任の見守る中で卒業証書を授与された。
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「PARTY EVERYDAY」のmika-eru様より頂きました。
わ、私の誕生日祝いにと・・・・(泣)泣くしかありませんですよ・・・(笑)
今回は卒業式のお話で・・・。切ない気持ちと寂しさ、
そしてこれからの2人・・・・。大好き、大好き。タロジロ大好きです。
でも、それ以上にmika-eruさんが大好きです。ほんとにvvそして、私は
ギャグサイトの管理人なので、太郎がジロちゃんに近づいて行く所は、
コソドロの様な抜き足差し足忍び足〜を想像してしまいました・・・(バカ)
mika-eruさん、本当に本当にほんっとーにありがとうございました!!!